つながる
私とムーンスター

福岡県久留米市の宮ノ陣。住宅街の一角に「13」はあります。いちご農家であり、日用品の店であり、写真と絵のアトリエでもある不思議な空間。ひとことでは説明しづらいこの場所を営むのは、フォトグラファーの宮﨑愛可さんと、イラストレーターの暉さんのご夫婦です。これだけ多面的でありながらも本人たちは「いろんなことをしている感覚はない」と語ります。傍からはばらばらに見えるいくつもの点が、二人のなかでは境い目なくつながっている。その捉えどころのなさは、どこから来ているのか。13という場所のあり方についてお話を伺いました。

「わからないままにできる余白が、ちょうどいいのかも」(愛可さん)

13のことを聞かれた時は「いちごの直売と、日用品の販売を中心に…」みたいな答え方をしてますね。ただ、あまりどういう場所か限定しないようにしてて。最初は「13 STRAWBERRY AND SHOP」にしてたんですけど自分たちがショップだと思ってないのにショップって書くのもなんか違う気がして、いつのまにか屋号を「13」だけにしてました。やっぱ何屋さんかわかんないですよね。(笑)店名の由来は二人の記念日からなんで、ちょっと小っ恥ずかしいというか。まさかこんなにいろんな人から由来を聞かれることになるとは…完全に誤算でした。でも最初から「〇〇の店」みたいにすると後から違うことをやりたくなったときに整合性が取れなくなりそうで避けました。他人にとっては意味を持たないただの数字だけど自分たちはそれを大切にできるってのがしっくりきたのかもしれません。他の候補もあったはずなんですけど全然思い出せないぐらい13がフィットしてます。

いつも思ってることなんですけど最初に目的を決めちゃうと、その目的の範囲でしかいられなくなることってないですか?13のロゴなんかもそうで本当はお店のために作ったものじゃないんですよ。結婚式の引き出物にプリントするつもりで自分で書いた文字だったんです。それがコロナで流れちゃってお披露目の場がないまま手元に残って。お店やるってなったときに、これ使うか、って。狙って作ったというより、もう先にあったものが、たまたまそこに収まったような感覚。生むじゃなくて、生まれるというか。決めないでおけば、いちごの店にもギャラリーにも二人の仕事場にもなれる。

「全部、ひとつのカゴに入ってる」(愛可さん)

まわりから見たらいろんなことやってるなって思われるんですよ。いちご農家もやって、お店もやって、フォトグラファーだし、イラストレーターだし。でも自分たちのなかでは全部ひっくるめて13で、そこに境界線はなくて。いろんなことをしてる、っていう感覚もあんまりないんです。暮らしも、旅も、仕事も、ぜんぶ一緒になってる感じで。大きいカゴがひとつあって、そこに全部入ったひとまとめが13、みたいな。話してて思ったんですけどユニット名みたいな感覚に近いのかも。

あと、いろんなことの繋ぎ目がない感覚っていちご農家の仕事で特に感じます。「いちご農家は1年13ヶ月」って言われたりもするんですけど、収穫がクリスマスの頃に始まって5月の末まで続く。その収穫の最中に、来シーズンの苗の準備を始めて。片付けが終わったと思えば、また次のシーズン。どこが始まりなのか、いつも悩むくらい切れ目がないんです。私たちの動き方も、それに合わせてるところがあって。いちご植えみたいな大きい仕事のときは福岡にいるし、それが落ち着いたタイミングで関西に出張に行ったり。2月、3月のいちばんおいしい時期には、いちごを持って出かけたり。畑の様子に合わせて、自分たちの予定がなんとなく決まっていく。仕事のあいだも店と写真と絵って、そんなにきっちり切り替えてるわけじゃないんです。ただ畑だけはちょっと別で。さすがにスイッチが入るというか、作業着に着替えて、力仕事で、汗かいて(笑)。そこだけは「行くぞッ!!」って感じ。とはいえ、手触りが違うだけで同じ13というあり方は地続きなんだろうな。

「作りました、っていう感じが苦手」(愛可さん)

写真を始めたのは大学の頃で。みんなが急にOLYMPUS PENで写真をはじめるみたいな時期があったんです。私も買って、そこからのめり込んでいきました。仕事にするつもりなんて全然なくて。好きで撮ってたら、卒業する頃に「七五三を撮ってもらえませんか」って知らない方から連絡をもらって。最初は「私でいいんですか!?」みたいな感じで撮らせてもらいました。そういう小さなとこから気づいたら仕事に。

撮る時に見てるのは、光と影と、あとは美味しそうなもの。毎日の朝ごはんとか、適当なものでも撮ってます。でも共通してるのは気持ちが乗ってないと撮れないんですよ。だから自分が美味しいと思えれば美味しく撮れるし、そうじゃないと撮れない。例えば展示のために撮るみたいなのが、私はあんまりなくて。これまで撮りためてきた中から選ぶことがほとんどなんです。撮ろうって意識しちゃうと、つい作ってしまって。その「作りました」っていう感じが、自分でもわかるから苦手で。だから自然と撮った写真のなかから選び出すようになりました。膨大な量があるんですけど、わりと覚えてるんですよ。写真を覚えてるというより心が動いた瞬間を覚えてる感じかもしれません。あのときのあの光よかったなって見返すと、ちゃんとある。撮って残すって結局そういうことなのかなって思います。

「美しいものは、もう写真があるから」(暉さん)

絵を描き始めたのは、たしか福岡に引っ越してくる直前です。お正月で地元に帰ったとき、たまたま大雪で動けなくなって。特別やることもなかったんですけど福岡で始める13のお店の内装だったりアイデアやイメージを残そうと久しぶりに鉛筆を握ったんです。大人になるにつれて、だんだん鉛筆を持つ機会って減っていくじゃないですか。それを久々に握ったら、めちゃくちゃ楽しくて。その流れで絵も描くようになりました。たぶん会社員を辞めて余白が生まれたからだと思います。勤めてたときはそんなことしないので。ただの趣味のつもりだったんですけど、いつのまにか13に欠かせないものになってました。僕は自分の中からフツフツ湧いてくるタイプじゃないんですよ。自由に描くというよりはテーマを決めて描いています。例えば旅をテーマにするなら旅の記憶を遡ったり写真を見返したりして。旅先にもスケッチブックを持って行って現地で描くこともあります。だから旅とイラストも繋がってるんですよね。だから愛可とは逆で彼女はテーマがなくても撮れるけど僕はテーマがないと描けない。美しいものって、もうそれは愛可が撮ってくれてるので僕がわざわざ描かなくていいかなって、いつも思ってるんです。同じ景色があったとして愛可はシーンを見てるし僕はそのなかの形を見てる。椅子が一脚あったら彼女はその椅子があった景色を撮って僕はその椅子だけを描いてたりする。狙ったわけじゃないんですけど自然とそういう分担になってました。

「はじめは全部決めてないと、気が済まなかったんです」(愛可さん)

いまでこそ決めないままでいることが好きなんですけど。もともとはまったく逆だったんですよ。それがいちばん出てたのが旅で。若い頃はどこか行くたびにしおりを作ったり。Day1、Day2って全部書き出して分刻みでスケジュールを決めて、その通りに動く。下調べも大好きで一個でも予定通りに行けなかったら、もう相当落ち込む。そのくらい全部決めてないと気が済まなかったんです。それがいつからか決めるのに疲れるようになって。やめられたのは、ちょっと大人になれたのかなって思います。スケジュールを詰め過ぎると途中で「あ、あの店よさそう」と思っても、もう次の予定が決まってるから寄れないんですよ(笑)。それって元も子もないなって。今は一週間いるならここだけは行きたい、っていう三軒くらいを決めて、あとはその日の気分で。じゃあ今日はそっち方面を散歩しようかな、くらいの感じです。

観光地も基本あんまり行かずにキッチン付きの宿を取って、半分は郊外で過ごすようにしてます。ふだんこんな田舎に住んでるからなのか一週間もずっと都会にいたら疲れちゃう。デンマークに行ったときもGoogle mapで調べた田舎町の宿を取って、近所の農家さんの直売所に歩いて行ったり。当てもなくカメラを持って散歩したり。観光ガイドには載らない地元の人が足を運ぶ昔ながらの食堂みたいなところに行ったり。ローカルを覗いてるのがいちばん好きですね。きっと見たい景色ってその土地の日常なんです。

「脱いだり履いたりがとにかく多くて」(暉さん)

ここって奥にバックヤードがあって表がショップになってて。お客さんが来たら出ていって、奥に戻って、また出て、っていうのを一日に何度も繰り返すんです。その合間に自分の作業もして。内と外の境目みたいなのも、わりと曖昧で。だから靴を脱いだり履いたりするタイミングがとにかく多いんですよ。その行き来にいちばん馴染んだのがLAZYで。足をスポッと入れるだけだから脱ぎ履きがとにかく楽なんです。行ったり来たりするのにちょうどいい。なのにちゃんと足に馴染む。ぺたぺたした感じもないし見た目も気に入ってます。冬の間はLAZYの代わりになるのがカフ。温かくて脱ぎ履きも本当に楽でずっと履いていました。ちゃんと外で履くときはLOAFYで。去年の冬に買って、一月の展示のときは、設営から本番までずっとこれでした。スニーカーでしっかり動きやすいのに、綺麗めに見えるんですよ。カッチリした格好にも合うし設営でガシガシ動いて気にならない。あれは本当に活躍しました。

「あれ、祖父の草履なんです」(愛可さん)

さっき暉が履いてたLAZY、あれ私の祖父の草履なんです。祖父はもう亡くなったんですが、その形見をいま暉がアトリエで履いてて。実は祖父も昔、ムーンスターに勤めてたんですよ。だから私にとってムーンスターって子どもの頃からずっとそばにあった会社で。久留米で育ったので上靴も体育館シューズもムーンスターだったし、家でも祖父が働いてた会社として名前を聞いてました。そこにあるのが当たり前すぎて特別だとも思ってなかったくらい。それが大学で京都に出たときにセレクトショップでMADE IN KURUMEって書いてある靴を見つけて。あの上靴のムーンスターがこんなおしゃれな靴を作ってるの!?って驚きました。その頃に暉がSHOES LIKE POTTERYをクリスマスにプレゼントしてくれて。それがもう十年くらい前なんですけど、いまだに現役で履いてます。十年履けるって、すごいですよね。久留米にPLATOができてからは、久留米に遊びに来てくれた友人をよく連れて行くんです。「ムーンスターのお店ができたんですよ」って。みんな、ほんとに靴を買って帰る。旅先でふらっと靴屋に入るってあんまり無いですけど。地元のものを地元で買って帰る感じがいいんでしょうね。子どもの頃からそばにあって京都で再会して、いま足元にある。思えば、ずっと一緒にいる靴になってます。

目的を先に決めず、たまたま手元に来たものを肯定していく13という場所。屋号も、ロゴも、写真も絵も「気づけばこうなっていた」を大切にしたからこそ、見る角度で豊かな表情を浮かべます。調べればすぐに最善や最適を手元に置ける時代、目的を決めず歩みを進めることはさほど容易ではありません。それでも13は決めないでいることを選んでいるように映りました。お二人の語る「生むのではなく、生まれる」というスタンスはものづくりに携わる私たちがつい忘れてしまう順序のようにも思えます。実際にお二人の足元には十年前に出会ったSHOES LIKE POTTERYやお祖父さまから受け継いだLAZYなど長くそばにある靴がいくつもありました。どれもこうしようと決めて手に入れたというよりも、いつのまにかそこにあり、次第に暮らしへと馴染んでいったものたち。一意に定めないからこそ物も人も長く居つづけるのかもしれません。