今回取材に伺ったのは美術館。新潟市で活動するhickory03travelers(以下「ヒッコリー」)が運営する新潟県立万代島美術館ミュージアムショップで、迫一成さんにお話をお聞きました。当日は【810s DESIGNERS’LAB~日々にちょうどいいの中身~】の会期中。ヒッコリー本店では約3年前からお取り扱いいただいているムーンスターですが、ここまでの規模の足数を揃えていただいたのは初めてのこと。商店街の中に店舗を構えながら、20年以上にわたって様々な事業を手掛けてきた迫さんが、唯一ブレていないと教えてくれたのは「日常を楽しもう」というコンセプト。ムーンスターの靴づくりにも通じるこのコンセプトのことはもちろん、商いのこと、商店街のこと、地域のこと、デザインのことなど、たっぷりとお聞きすることができました。
「始めること、続けること、出会い」
ぼくは福岡の那珂川市ってところの出身なんですが、大学で新潟に来ました。大学では社会学とか心理学とかを勉強していたんですけど、新潟は天気も悪いし暗いからちょっと気持ちが落ちて、人生を考える時期があったんですね。大学の勉強が難しいなとか、ちょっとモヤモヤしてて。自分が難しい言葉は得意じゃないので、もっと分かりやすく伝えてくれればいいのにな、とか。そんなことを感じながら、いろいろ分からないことが多いから、ノートに落書きしてたら、友だちに褒められて。うまいね、絵がって。なんか褒められることってあんまりないから、俺得意かもみたいな(笑)。そのとき、分かりやすい言葉で自分のメッセージを伝えられる絵本を描きたいなと、ふと思ったんです。それで、東京のパレットクラブっていう学校の絵本のコースに通うことになったんです。絵本以外にも雑誌デザインとか編集を学んだり、先生方が技術じゃなくて内面というか経験を話してくださる場で、人生観とか、面白い絵本や雑誌、展覧会などのお話を聞いたんです。そのときに、始めること、続けること、出会いがポイントなんだなっていうのを、皆さんのお話から共通で感じました。
「自分の言葉で、自分の伝えられることをしたいと思った」
元々メディアに興味があって、広告とか面白そうだなと思ったけど、なんか違うんだなって思って。大きい企業さんとか、思惑があってつくってるもので、正しいことを伝えてると思ってたテレビも、いろいろなもので曲がってるんだなっていうのを知って、え、やだなそんなのっていうのがありました。社会学で権力とか草の根運動とかも学んでいたので、リアリティがあるものは下からやることもあるっていうのを知って、直接自分の言葉で自分の伝えられることをしたいと思ったっていう感じですね。新潟出身ではないんだけど、新潟では同じようなことをやってる人はなかなかいなかったし、多少土地勘もあったりしたので、じゃあやってみようかなっていうとこで、絵本の学校で知り合った人とか、大学の先輩と一緒になんかやりましょうっていうことで活動を始めました。
「会社の柱は5つくらい」
うちの会社の全体としては柱が5つくらいあります。まず、ヒッコリー本店と新潟県立万代島美術館ミュージアムショップの店舗事業。ミュージアムショップは本店とは違って純粋な店舗運営だけど、文化的なセレクトで皆さんに喜んでもらえればと思ってやってます。次に、シルクスクリーンでTシャツをプリントする印刷業務や、頼まれてオリジナルグッズを形にする事業。それと別で卸の事業もやっていて、新潟の伝統菓子「ゆかり」を「浮き星」として全国に広げたり。「浮き星」は全国で250社くらいとお取引させてもらってますね。これは後継づくりや、地域の大切な価値を次世代につなぐ意味と意義があります。あと、ロゴやパッケージ、全体をトータルでサポートするデザイン事業では「道の駅たがみ」や長野県の上田の商店街の伴走支援とかいろいろやってます。最後の5つ目は、SANという複合施設の運営事業。けっこう多角的にやってますね。
「ぼくは増やしにいくタイプ。マイナスが出ても、加点をしていけばいい」
新潟の人たちは、わりと大人しい人が多くて、新しいことを進んでやる人たちではないというか、加点方式の思考じゃなくて減点方式の思考だから、良くないことが起こらないように対策するんですよね。ぼくはいいところを増やしにいくタイプなので、マイナスが出ても加点をしていけばいいっていう考え方。だから、新潟の人たちからするとグイグイ来るし、そういう人は周りにあまりいないから面白いじゃんとか、そう言うんだったら一緒にやろうかみたいな、相性が良かったんだと思います。あと、ぼくにはネガティブな言葉が全然入ってこないんです(笑)。死ぬわけじゃないんだからやってみればいいじゃんっていう。福岡の人って、そうじゃないですか?
「売れることが評価」
お店を持つってことは、自分の表現の場を持つっていうことだと思っているので、お客さんとのコミュニケーションが取れて楽しいです。最初は2坪のスペースでお店を始めたんだけど、お客さんが購入してくれるっていうことが、お金プラスありがとうとか、嬉しいとか、エピソードをいただけるので、すごくありがたい仕事だなと思ってます。自分たちのやっていることに、票を入れてくださる感覚というか。商店街で活動する良さとしては、手も動かすし街とも関わるし、商売もあるしっていうところ。企業さんのブランディングをするというよりも、人と直接関わるというか。美しさも大事だったりするけど、売れることが評価という感覚が強いので、それが学びの原点であり、ぼくの最大の強みになっている気がします。
「柔らかさのある、かわいいデザイン」
デザインはもうぼく、全部やっちゃいますからね。頼まれものと自分でやるものと両方あるけど、お客さんが手に取ってくれるかっていうことをすごく考えます。食べものならまず買ってもらわないといけないし、ものなら置きたくなるかどうか。お土産、日常使い、プレゼント、用途に合わせたアプローチをする中で、いちばん成果が出やすいのが「かわいい」っていう要素なんです。でも「かわいい」もピンキリで、質を感じるかわいさと、息抜きのかわいさがあって、シーンによって使い分けます。「かわいい」って手に取ってもらう要素としてすごく強いんですよ。ぼくはソフトって意味の「かわいい」が好きなんです。柔らかさがあることで、人が距離を縮めたくなったり、落ち着けたりすると思うので、気が抜けるようなかわいい要素を入れるようにしてますね。
「絵本のような街」
商店街ってのんびりできるんですよ。経済っ!成長っ!売上っ!みたいな感じではないんですよね。ある程度の自由を持っていて、組織の中でこうしなさいって言われてやってない人たちが集まってるから。世間知らずなとこはあるけど(笑)。人と店が合体してるんですよね。誰かんちに行ってるみたいなのが楽しいんじゃないかな。あとぼくが好きな絵本のような街なんですよね、商店街って。変なことが急に起こるし、抜けてるとこもあるし、キレキレのショップもあれば、ここやってんのかな?というような店もあって、愛嬌というのか、個性というのか。全部キュートというか、面白いんですよね。変なとこが。
「何回会ってるかが、価値になってくる」
地域でいろいろやってる人たちを見ていて共感してるのは、田舎になればなるほど、仕事ができるかとかお金持ちかっていうよりも、何回会ってるかが価値になってくるところ。信用がお金じゃなくて、何回会ったか、何回ここに来たかみたいな。それはやっぱり効率とは違う話で。会うことでその人の能力に気付いたりとか、近くに能力が高い人たちがいることに気付くようになって、リスペクトが生まれるからこそ頼めるし、頼んでもらえる。近場で頼めば送料もかかんないですしね(笑)。
「日常を楽しもう」
ぼくの中で唯一ブレていないのは「日常を楽しもう」っていうコンセプトです。ヒッコリーがスタートした当時は、社会学者の宮台真司の『終わりなき日常を生きろ』という本があって、希望が持ちにくい世の中、社会の中で、その事実を受け入れて生きていくみたいな時代だったと思うんだけど、当時のぼくは、いやそんなことないんじゃないかな?っていう、逆説的なニュアンスもちょっとあって。わりと身近にいいものあるんじゃないの?とか、今を肯定しようよっていう気持ちが強かったんですね。でもね、ほとんど導かれてるんですよ。大きいビジョンがないというか。あとはこう、身を委ねてというか(笑)。「日常を楽しもう」っていうのは、すごくおっきいとか、価値が高いとかがすべてじゃないっていう等身大の肯定で、身近なものに気付いていくっていうことなのかなと思ってます。
「はみ出しすぎてないというか、めっちゃかっこいいわけじゃないのがいい」
ムーンスターさんも、はみ出しすぎてないというか、めっちゃかっこいいわけじゃないのがいいですよね。気取ってないというか。気取りたくはないけど、お洒落には気を使う人たちがよく買ってくれてる気がしますね。言い方はあれですけど、85点から75点ぐらいの価値が分かる人たちが。ムーンスターさんの
シューズは日常で使って心地いいというか、過不足がないところがいい。買いやすい範囲内にいて、庶民的だけど、ちょっと背伸びできるというか。そういう意味では、ヒッコリーのお客さんだったり、ぼくたちの感覚と合う気がします。
「810s TRASDENは3足目」
ぼくは普段使いとしては、810s TRASDENを履いていて、もう3足目です。お店と事務所がある商店街を行ったり来たりする日々で、靴の脱ぎ履きも多いので愛用しています。それまではシンプルな他社のスニーカーをよく履いている時期もあったんだけど、810s TRASDENのブラックを履き始めてからは、コスパも良くて気に入ってます。かっこいいし、疲れないし、履きやすいし、多少雑に使っても申し訳ない気がしないし。何回も言いますが気に入ってます。ありがとうございます(笑)。
「SPXXは、ちょっといいね!って言われたいときに」
SPXXはちょっと出かけるときというか、県外とか、わりと遠くに行くときに履くことが多いかな。なんとなく、ちょっといいね!って言われたいときというか(笑)。しっかりした靴まではいかないんだけど、いい靴が欲しいなと思っていたときに見つけて、これめっちゃいいじゃんと思ったのを覚えてます。スニーカーだけど品もあって、形も崩れないので長く履けてとてもいいです。ぼくが履いてるのを見て、いいね!って言ってくれた方は、後日ご主人にプレゼントしたそうです。
迫さんの言葉から感じたのは、自分が考えられること、自分が伝えられること、自分がつくれることに向き合ってきた歴史と姿勢でした。大きく振りかぶるのではなく、身近なこと、等身大、今を肯定する。人と直接、繰り返し会うことで人の能力を理解し、お互いの信用を積み上げながら、活動を広げていく。「日常を楽しもう」というコンセプトが、新潟という地域、商店街を中心とした事業を通して、言葉ではなく実態として、導かれるように形になってきた理由が少し分かった気がします。大きな企業や、東京のような大都市からは生まれない社会への眼差しや人とのつながり、そして商いの在り方を、ムーンスターも模索していきたいと思います。