
お店が入居している大阪農林会館ビルは、1930年竣工。2021年には国の登録有形文化財に登録された建物は、南船場エリアの街並みに馴染みながらも、その重厚感ゆえの異彩を放っています。「ジャンルの壁を取り払って、橋渡しをする。」ウォールズ・アンド・ブリッジという店名には、そんなイメージがあるそうですが、店主の森宏樹さんは店名を体現するような方。森さんの目利きで取り揃えられた様々な商品について、時折やさしい関西弁を交えながら熱を込めて話される姿から感じたのは、ブランドや商品、そして人に対する深いリスペクトでした。もののジャンルだけではなく、人と人の間にある壁も取り払ってつないでくれるような森さんとの対話の時間は、とても心地良いものになりました。
「ものを深く知って、お客さんに伝えていきたいなって思って」
大学出た後にセレクトショップに勤めてたんですよ。ちょっとアメカジ系っていうか、何でもあるめちゃめちゃいい店やったんです。ヴィンテージもボロクソあって、めっちゃすごいショーケースがあって、えぐいのがぶわーっと飾ってあるような。もうすごいのはね、アンディ・ウォーホルの原画あるでしょ。あれ何個くらいあったかな…。20個くらい壁に掛かってるんですよ。A-2のフライトジャケットとか、ヴィンテージのハワイアンとかもあって、すごい商品数で。だから楽しかったけど、忙しすぎて…。販売員として、もっと掘り下げてお客さんに説明したいなという思いが出てきたんです。でもセレクトショップの一販売員としては、そこまで求められていなかったっていうのもあって、もどかしく感じてきて。4年勤めた後に、日本製のジーンズメーカーに入りました。
「 TAKE IVY 」
セレクトショップもジーンズメーカーも、アメカジだったんですね。その後に自分の店を始めることになるんですが、当時の理想は「TAKE IVY」っていう本だったんです。言うたらハーバードとかのアイビーリーグの、ええとこの大学のお坊ちゃんたちが服を普通に着てるんですけど、むちゃくちゃかっこいいんですよね。たぶん賢いですよね、皆さん。お金持ちで。歩き方もかっこいいし、普通にジャンパー着て、細いパンツで、普通にスニーカー履いたり、ローファーとかを合わせちゃうんですけど、そんなのが大好きだったんですよ。お店を始めた当時はそういうのをイメージして商品を集めてたので、アメリカ色が強かったと思います。
「このビルでやりたかった」
この辺でずっと仕事してたので、大阪農林会館ビルも知ってて、かっこいい店が入ってたんですよ。で、お店やるならこのビルがいいなと思ってて。ちっちゃいスペースが空いたよって連絡があって、じゃあもうやるしかないと。お金も全然なかったし、今から思えばめちゃくちゃ準備不足だったんですけど、このビルでやりたいっていうこだわりはありましたね。
「日本製への探求心が一気に上がった最初のきっかけは、MITTAN」
一番最初はMITTANっていうメーカー。10年くらい前から取り扱わせてもらってるんですけど、ここ天然素材しか使いませんし、主に使うのが大麻、ヘンプなんですよ。大麻って聞くとちょっと物騒な感じがするかもですけど(笑)。麻ってリネン、ラミー、ほんでヘンプじゃないですか。で、ヘンプって何がいいかというと、麻の特性はしっかり持ち合わせてるんですけど、エイジングしていくとね、めっちゃ綿みたいな質感になるんですよ、短期間で。MITTANは天然素材を自分たちで奄美大島で染めたり、あと社内で染め直しとかもやってくれるんです、天然染料で。ほんで、あとは修繕をしてくれたりとか。いらなくなったら2割で買い取ってくれたりするっていう。なかなか斬新な試みをしてくれるメーカーさんで、MITTANに10年前に出会ったのがたぶん自分の意識とか、お店で取り扱うものが変化していく最初のきっかけだったと思います。
「第二のきっかけは、自然農」
5年くらい前から、自然農っていう方法でお米をつくり始めて。自然農って普通のお米のつくり方とは全然違って、モミの状態で巻いていって発芽させて、苗床っていうお米の赤ちゃんを育てる場所からつくるんです。それで成長したら田植えも除草も手作業でして、育てていくっていう。お米を育てたりすると、当然食への興味も出てきますよね。前から添加物とかはけっこうやばいぞって思ってたんですけど、より一層そう考えるようになってきて。で、お店でも食品を扱うようになっていってという感じですね。日本文化がどんどん好きになってきて。これ、まだまだ掘れるなって。しかも簡単に。日本に住んでますからね(笑)。これ、やらな損やなってめっちゃ思ってきたんですよ。お米づくりっていう日本文化のど真ん中に触れたことで、興味がさらに深まった感じですね。
「ムーンスターは、国内で良質なスニーカーがつくれる数少ない会社」
お客様にムーンスターのことを説明するときは、ゴム産業の中心地であった久留米は、今はスニーカーの街になったという歴史のお話をまずはして、有名な海外ブランドの生産も受けるほどの実力があること、そしてヴァルカナイズ製法に関して、という順になりますが、最後に国内で良質なスニーカーをつくれる数少ない会社だということを説明します。良品をつくることに対して誠実で、控えめな価格、そしてもちろん品質が良い。ぼくは日本人はもっともっとムーンスターのような日本のメーカーを応援して購入して、愛用し続けることがすごく大切なんじゃないかって思ってますし、お客様にもアピールしなくてはいけないと感じています。
「こんなに美しいスニーカーって、本当にない」
ムーンスターの靴で特に気に入っているのは、やはりSHOES LIKE POTTERYです。ネーミングも最高っすもんね(笑)。今履いているのがもう5代目か6代目になります。それまではローテクと言えばアメリカブランドしか知らなかった中、とってもスマートで、サイドの網目模様も個性があってテンションが上がったのを思い出します。ローカットも愛用してますけど、最近はハイカットも気分ですね。やはりこのかかとのフォルムが美しいですし、キュッと上まで紐を締めたときの、さぁ出かけるぞ!っていう感じ。なんでしょうか、昔の日本人が帯を締めたときのような感じ。それを体感しながら履いています。
「最近ズキュンときたのは、810s ATAVISですね」
これはめっちゃ気に入って今シーズンちょっと入れさせてもらいました。今主流なのって厚底じゃないですか。でも、最近のぼくの中の靴の考え方って、ソールは薄くて足の形をちゃんとしてて、柔らかくて、ちゃんと曲がる。そこらへんをけっこう大切にしてて、それに近かったんです。この靴のルーツは足袋ですしね。ムーンスターの靴はどれも日本人の足の形に合いやすいですけど、ソールも薄かったし、見た目もかっこいいし。ある意味、ムーンスターの今までのラインナップとはちょっと違ってだいぶ斬新だったし、これはいいなと思って。
「弱点がないことが、使い続けられるものの基準 」
ものの寿命って、他の部分は全く問題ないのに、どこかに弱点があると、その弱点がゆえに寿命が著しく縮まる商品ってあるじゃないですか。靴下とかでも、めちゃくちゃいい素材でつくり上げられていたとしても、一瞬で穴が開くとかやったら、もうどうしようもないじゃないですか。履き心地はいいけど、ゴムがやたら弱いとか。履いてたらビロンビロンになるとか(笑)。靴で言えば、ソールも丈夫だし、いろんなとこも丈夫だけど、アッパーがむちゃくちゃ弱いからそこにまず穴が開いて、なんかもうダメだなこの靴はってなって、愛情を失っていくみたいな。ムーンスターの靴は弱点がないですよね。だから変な言い方ですが、いい感じに悪くなっていってくれる。
「扱う意義があるかどうか」
ちょっと悪い言い方しちゃうと、売れそうなものって、やっぱりバイヤーなんで分かるじゃないですか。これ、ちょっとキテんぞみたいな。でもそういうのって後ろめたさも同時にあるんですよ。これ、実はうーん…っていう。でもね、なんか派手な化粧とかハンサムな顔してなくても、地に足をつけて、地味だけどしっかりやってるものってあるじゃないですか。で、なおかつちょっと自分の中で、大げさに言うと後世に残したいようなものとか、真面目にやってるようなメーカーさん。これはやっぱり扱う意義があると思うっていうか。あとはやっぱりつくり手さんに会ったときの感覚を大事にしています。当然、扱うものって、やってる人を好きになって売りたいんですよね。嫌じゃないですか、ええもんつくるけど、めっちゃ嫌なやつ(笑)。
ものの所有価値や機能価値だけではなく、ものの背景や物語も消費の対象になるという考え方が市民権を得た今、売り手が商品にまつわる様々な情報を買い手に伝えようと努力するのは当たり前かもしれません。けれど森さんの言葉「ものを深く知って、お客さんに伝えていきたい」には、それ以上の意味がありました。それは、森さんには、後世に残したいものがある、という意志があるということ。私たちは、ネットを見れば十分過ぎる情報が手に入り、同じものがどこでも買える時代を生きていますが、何を買うかだけではなく、誰から買うかについて、もっと考えなければいけないのかもしれない。意志を持っている人を、もっと応援しなければいけない。今回の取材を通して、そんな気付きをいただきました。