つながる
私とムーンスター

清水寺から歩いて15分ほどの場所にあるRoutes*Rootsは、京町家の1階部分がお店になっているため、うっかりすると通り過ぎてしまうほど街に馴染んだ独特な佇まいのお店。安井くまのさんと、安井正さんご夫妻で営まれているお店に足を踏み入れると、つくりの良さを感じられる厳選されたアイテムとお二人の価値観が凝縮された空間が広がっていました。お話を伺った場所は、お店とは別に経営されているギャラリー・bonon kyoto。こちらも町家を改築したとても居心地の良い空間でした。お店とギャラリー、どちらも古材や古い建具などを活かしながらリノベーションされた空間。時を重ねたものや、長く続くものを大切にするライフスタイルを公私で送られているお二人の優しい雰囲気もあってか、あっという間に時間が過ぎる取材になりました。

「都心ではなかなか出会えなかった古い家」(くまのさん)

13年前、東京から京都に移住してお店を始めたのは、古いものを活かしながら、その中で洋服を見せたいっていうのがあったからなんです。ホワイトキューブの中で見せるのではなくて、日本の民家的な場所で洋服を見せたいというコンセプトで。東京には本当に古い家が少ないというのもあって、この築80年以上の京町家と出会って店を開くイメージが広がりました。私は以前ロンドンに住んでいたことがあるんですが、イギリスと京都って、歴史観に共通したところがあると思うんです。イギリスの先の大戦っていうと大体15世紀の内戦まで遡るし、京都でいえば15世紀の応仁の乱になるんですね。パブでイギリス人と話をしていても対等に話せる歴史観を深めたいと思い、その頃もちょくちょく京都には来ていました。イギリスで暮らす中で、歴史だったり、長く続いているものごとの“ルーツ”に興味を持つようになったのかもしれません。

「大橋歩さんの“a.”(エードット)との出会い」(くまのさん)

実はお店を始めた当初は、イギリスで買ってきたヴィンテージ雑貨をメインに、洋服も販売できたらというくらいの気持ちでした。ご縁があってイラストレーター・大橋歩さんの“a.”(エードット)をお取り扱いさせていただくことになり、大橋さんの影響力がすごくていきなり洋服メインになってしまって(笑)。もともと洋服は好きでしたが、好きなことを仕事にしちゃいけないって周りに言われてましたし、苦労すると好きじゃなくなるからって言われたんですけど、いつの間にか洋服屋のオーナーになっていました。

「自分の体があって、それに洋服を合わせる」(くまのさん)

始めた当時から自然とセレクトしてきたのは、ユニセックスな洋服です。イギリスでスーパーに行くと大体洋服も売っているんですが、サイズ表記として8とか10とか12とか、大きいのは26くらいまで普通にあって、サイズの幅がとても広いんですね。日本人の感覚で言うと、まず“標準体型”っていうのがあって、そこに自分を合わせないとアウトだって思い込んでいたんですが、まず自分の体があって、それに洋服のほうを合わせるっていう考え方にすごく感銘を受けました。だからRoutes*Rootsのお客様の中には試着の際に「ちょっと痩せないとね」と仰る方がいらっしゃるんですけど、「いや全然痩せなくていいです、大きいサイズを持ってきますから」って言っています(笑)。今、取り扱いのあるMITTANという日本のブランドでも、SMLという言い方をせずに、1から5など、番号表記にされています。サイズを規定する言い方ではないので、スタイリングに合わせたサイズを自由に番号で選べるのがいいと思います。

「オンとオフをオーバーラップした生活にふさわしい服(正さん)

京都の特徴として、個人で事業をされている方が多いんですね。うちのお客様も、飲食店や、陶芸家、音楽家など多岐にわたり、家やアトリエで作業をしたり、お店に立たれたり、日々シームレスな活動をされています。一方野良作業に履けるパンツを提案されているブランドさんもいて、その着心地の良さ、肌触り、耐久性はもちろん動きやすさに配慮したアイテムとの相性がとても良いのです。YAECAのCanvas Designのラインや、ASEEDONCLOUDのハンドベーカーなど、ある特定の職業から発想したアイテムもありますが、日々の生活をしている人を想定したスタイリングを意識したものが当店には多いです。ちょっとゴミ出しに行ったり、スーパーに行ったりしても、戻ってきたらそのまま仕事や打ち合わせにも行けるみたいな。オンとオフで洋服を使い分けるというよりは、オーバーラップしているライフスタイルを想定しているんですね。何かしらの表現活動をされている方のみならず、在宅勤務をされている方たちにとっても、「あ、Routes*Rootsで扱っているブランドがぴったりだ」って常連さんになっていただくことも多いですね。

「機能や言葉よリも、ライフスタイル」(くまのさん)

洋服も靴もライフスタイルだと思うんです。うたわれた性能値やネーミングのイメージから何となく涼しそうだから買うというのではなく、たとえば肌感であったりスタイルであったり、そういう全体性のライフスタイルの中で選んでもらいたいというか。クッションが何パーセント入っているからこんなに柔らかいとか、数字で人を説得するんじゃなくて、こういう形のこういう感じの空気感とか、スタイルっていいよねっていうのを全体で納得してもらうほうがしっくりきます。うちで扱っているブランドのデザイナーさんの中には、生地や縫製にとてもこだわっているのに、機能を言葉で前面に出さないでくださいって言う方もいらっしゃいます。

「メイドインジャパンなら、なんでもオッケーじゃない」(正さん)

京都という場所柄、お店には外国人のお客さんもたくさん来るんですが、メイドインジャパンでも、あらゆるもののメイドインジャパンがオッケーなわけではないんですね。いわゆる大量生産でつくられたものではなくて、近代化される以前のものづくりを今に再評価しようとしているブランドであったり、手づくりの部分をうまく活かして組み込んでいる製品であったり、手間はかかるけれども自然素材を大事にしようとか、そういう日本のものを求めてらっしゃる方が増えている気がします。外国人の方がムーンスターのヴァルカナイズの靴を手に取って「メイドインクルメ?ナンダ?」と聞かれて、「九州の久留米ですよ」って言うと、つくりや履き心地を確認されたうえで「オーコレダモトメテタノハ!」っていう感じで買ってくれるケースも増えてます(笑)。

「つくり手の思いが、ものに入ってくるんじゃないかなと」(正さん)

ムーンスターの工場見学をさせてもらったときに、“履く身になって作りましょう”っていうサインが大事そうに掲げてあるのを見て、いいなぁと思ったんですね。実際の作業工程を見ても、ベルトコンベア的に作業をしているのではないというのが分かりました。自分たちもワークショップでちっちゃいGYM CLASSICをつくらせてもらったんですが、ゴムを張り付けるためにテープをぐるっと回すところとか、切り出されたパーツに接着剤を付けてぺたぺたと貼り付けるところとか、手作業の工程が本当に多いのを実感しました。ワークショップで私たちが手こずった作業も、職人さんが手際良く美しく仕上げるのを見て、その熟練の技に驚きました。大きな工場なのに手づくり的なところがたくさんあり、そういうものづくりで出来上がったものには、つくり手の思いみたいなものが入ってくるっていうのがあるんじゃないかなと、ぼくは個人的に思っていて。日本の伝統的な文化の中に根深く、底流として流れ続けているものではないかなと思うんです。そういうことを大事にするムーンスターの姿勢っていうのは、やっぱりとてもいいなぁと思っています。

「日本の生産現場がなくなる連鎖」(くまのさん)

たとえば、ある道具をつくる工場がなくなったから、その道具でつくっていた糸がつくれなくなる。そんな連鎖が起きていると感じます。今は円安なので、いったん海外生産にしたものづくりが日本に戻ってきているという話も聞きますが、一度閉業してしまったものを元に戻すのは難しい。先日、金沢に行ったときに、元々金沢は金箔製産の99%のシェアを持っていたんだけれど、残りの1%のシェアを持っていた石川県外の職人さんが亡くなられたので、シェアが100%になっちゃいましたっていう話を聞きました。しかも金沢の職人さんは皆さん70歳以上とのこと。このままだと仏像の金箔とかってどうなってしまうのだろうとか、いろいろ考えてしまいました…。

「ムーンスターには、とにかく続いてほしいんです」(くまのさん)

日本のものづくりの良さというか、そういうものを失わないためにも、ムーンスターにはとにかく続いてほしいんです。そのためには、良さが分かってもらえるように私たちも努力しなきゃいけない。お店としては、やっぱりいいものを置いて見てもらわなきゃいけないと思っています。どんどん貧富の差が広がっている中で、より多くの人が毎年ファストファッションの新しいものに買い替えるようなことになっていくと、お金持ちの人だけがいいものが分かるという状況になってしまうと思うんです。いいものを見てもらって、買ってもらって、いいものだからこそ長く愛用してもらえる。そんな、いいものとの付き合い方を提案していきたいです。

「お店も続けなきゃって思います」(正さん)

靴は履いてみないと分からないと言う人が昔は多かったと思うんですが、今はネットでポチポチ注文する人がずいぶん増えたなぁと。でもうちのお店にはたくさんのムーンスターを置いているので、手に取ってもらって、こっちよりこっちのほうが好きとか、これはこういうものなのかとか、実際手に取って感じたり、判断したりしてほしいですね。ぼくらもいろいろ説明しながら、触ってもらいながら実感してもらえる場所として、やっぱりお店は続けていかなきゃなって思いますよね。

スクラップ&ビルドが繰り返され、新しいものや過剰な話題性がこれまで以上に求められる2020年代。古いものや文化を大切にし、継承している京都は、日本人だけではなく外国人にとっても魅力的に映るのも頷けます。けれど、安井さんご夫妻が移住して感じたのは、京都は“新しいことをやろうとしている人に寛大”ということだったそうです。何かやろうとすると、街が黙認してくれている感覚。だから新しいものが次々に生まれ、街が常に新しく感じられる。それが“京都という都のエネルギー”なんじゃないか。くまのさんは、そう教えてくれました。そして、ムーンスターも新しいことをやろうという人を許す会社なんじゃないか。だから新しい靴が生まれているんじゃないか。と、付け加えられました。そう感じていただいていることを嬉しく思うと同時に、ムーンスターが日々試行錯誤を繰り返しているものづくりを、これからも続けていかなければならない。そう強く思いました。