つながる
私とムーンスター

BEERSONICは、福岡市中央区薬院にあるALSO MOONSTARから徒歩10分ほどの場所にある、クラフトビール専門の酒屋兼角打ち。スケルトンの大きな冷蔵庫の中には、ポップなものから渋いものまで、数十種類のクラフトビールの缶や瓶がぎっしりと並びます。店主の深堀セイゴさんとのつながりは、ムーンスターのポップアップでの出会いがきっかけでしたが、ALSO MOONSTARができてからはお店の閉店後にスタッフがよくBEERSONICに立ち寄るようになり、仲良くさせていただいています。セイゴさんとクラフトビール。セイゴさんとムーンスター。クラフトビールとムーンスター。それぞれの間には、意外な関係性がありました。

「ガレージで、昼間から楽しそうにクラフトビール飲んでたんです」

2015年の2月にアメリカのポートランドに行ったんです。トータル23年間公務員をやってたんですが、40代半ばに差し掛かって、これでいいのかみたいなことになって。ずっと何かしたいなというのがあり、当時ポートランドがクリエイティブな街って言われてたから、行ってみたんです。それで帰ってきて、いろんな起業について考えるんですね。最初はカフェとか考えていたんですけど、プロの人とか仲間とか、いろんな人に聞くんだけど、まぁ公務員がやれるわけがないと。まぁそれはやれるわけないんですよ(笑)。商工会とかがやってる起業のセミナーとかにも行ったけど、他の人はがっちりとした事業プランがある中で、素人のぼくが「カフェとか、人がつながる場所がやりたんです」みたいことを言っても、まぁ何にもならないわけです。でもあるとき「過去の自分の経験で、素敵な一日って言われて思い浮かぶことは何かありますか?そこにヒントがあるかもしれないですよ」って言われて思い浮かんだのが、ポートランドのビアパブの風景だったんです。ビアパブというか、ビール工場の向かいのガレージでみんなが昼間から楽しそうにクラフトビールを飲んでたんです。それがすごい残ってて、あ、クラフトビールいいかなと思って。2月にポートランドに行って、その夏の8月にやろうと決めて、9月にクラフトビール屋さんのイベントにボランティアで参加するんですよ。そこで4日間それぞれ別のビールメーカーに付いて仕事をしたんですけど、4日目に山梨に本社のあるFar Yeast Brewingの社長の山田司朗さんとの出会いがあって、そこのビールがいちばんおいしかった。彼自身はすごく地味な人のイメージだったのですが「ビールの多様性を大事にして、世界中に届ける」っていう彼のビジョンがすごい好きで、ぼくはなんか半分相談するような感じで、彼のあとを追いかけるみたいな感じで仕事辞めちゃうんですよ。それが2016年の3月。「クラフトビールがやりたい」みたいな感じだけで、何もかもゼロで辞めてしまったんです。

「最初は、クラフトビールを自転車で売って回るオヤジでした(笑)」

当初はクラフトビールを提供するパブを計画していたのですが、司朗さんと話してて、「飲食店やるのがキツイんだったら、酒屋ってどうですか?」って言われたんです。クラフトビールを扱う専門店って、調べたら当時そういうのは福岡にはなくて、だったらと。あと酒屋なら飲食の設備もいらないし、極端な話、冷蔵庫がボンとあるだけで何とかなる。で、角打ちというスタイルだったら、人がつながる場所にもできるんじゃないかなと思って、酒販免許を取って、ボロいアパートの六畳一間の畳の部屋で酒屋を始めたんです。それでぼくは自転車で売り始めることになります。自転車に乗って、10種類くらいしかないクラフトビールを飲食店とかに売り込みに行くんですけど、全然ダメなわけですよ。酒屋といっても店もないし、アパートの4階でやってたので「それって酒屋なの?」ってみんなに言われて。もうそこから個人的な友人や、前職の人に1日4、5本売れたら「やったー!」みたいな感じでした。でもそんなふうにやってたら、カフェの人とかが、なんかクラフトビールを自転車で売ってるオヤジがいるらしいと知ってくれて。そしたらちょっとイベントしませんか?ってなって、あるお店で10種類だけ揃えてやったのが始まりでした。で、それから1年の間にいろんな所に行って、とりあえずビールを売る生活をして、18年の4月にやっとBEERSONICをオープンしたんです。

「カルチャーを伝える手段としてのビール」

40半ばにしてビール屋さんを始めたので、他の人より完全に出遅れてるわけです。恐らくビール屋さんを始めるほとんどの人がビールが好きで好きでしょうがなくてやり始めた人だと思うんですよ。でもぼくは遅れてきてるから短い時間で勝負しないといけないっていうのがあったし、じゃあどうするかと考えたときに、カッコいいカルチャーを伝える手段としてのビールのあり方が、山田司朗という男の考え方にあったんです。彼の考え方は他の人と完全に違って、すごくクールだったんですよね、ビールに対して冷静で、それはビジネスを始めるにあたってすごく影響を受けました。そして店をオープンするときに、本気でやるんだったら、挨拶代わりにオリジナルのビールくらいつくらないといけないんだろうなと思ったんです。それで司朗さんに相談したら、350mlのビールを約3,500本つくることが条件だったんです。このちっちゃな4坪の店で3,500本売るって、どういうことって思ったんですけど、司朗さんはすぐ売れますよとか言うわけですよ(笑)。でも逆に3,500本くらい売らないと、福岡で一発目のクラフトビール専門酒販店としては商売が成り立たないだろうなというのはあって。世の中の人にとってはたかだか3,500本なんですけど、0から始める自分が3,500本持つというのはなかなか大変なことだったから、それは覚悟でしたね。それでできたのが“WESTBOUND”シリーズです。4thと5thは大手のビールと勝負したいなと思って大手と同じスタイルのラガーでつくりました。結果は飲んでくれた人が「これって大手と同じスタイル?」と言ってくれるほどの香り高いビールになりました。Far yeastという技術力のあるパートーナーがいたからこそつくれたと思っています。

「クラフトビールの懐の深さは、人の多様性やつながりを許容する」

日本で飲むお酒のイメージのひとつに、酔うためだけのお酒、仕事が終わって「お疲れ〜」だの「打ち上げ〜」だの言って、同じメンバーで愚痴って、ときには深酒して帰って、二日酔いになるみたいな……。ぼくはそういうお酒の飲み方をしていたんですね。でも、ポートランドで見た光景は、昼間からみんなすごく楽しそうで、お店の人も大体みんな髭生やしてタトゥーがっつり入ってるんですけど、すごく自由で楽しくなっちゃう感じで。分け隔てないというか。こういうお酒の飲み方があるんだなって。だからクラフトビールを扱うお店で角打ちをしたら、そういう雰囲気がつくれるかな、つくってみたいなって思ったんですよね。実はビールはワインとかと比較すると意外と幅が広いんですよ。特にクラフトビールは酸っぱいのも苦いのも甘いのもあって、度数も1%から10%以上、色もベリーを入れたピンクのものも、黒ビールもあるし、サクッと飲みたいときは軽いビール、ゆっくり飲みたいときは濃いめのビールもあったり。缶のアートワークが個性的だったり。音楽とかスポーツとかとも相性がいいとか、いろいろな人のライフスタイルに応じた幅広さがクラフトビールたる所以なんじゃないかと思います。

「あの“ジャガーΣ”がなんかカッコ良くなってる。という噂を聞いていたんです」

ムーンスターといえば学校の指定靴のイメージだったんですが、17年の冬くらいに、付き合いがあったコーヒースタンドの「ステレオコーヒー」さんでムーンスターのポップアップをやるということで行ったんです。これから自分の店をやることが決まっていたので、どうやってブランド展開をしているのかも気になって。あのジャガーΣをカッコ良く仕上げられたのは何なんだと。ぼくらの世代ではキャンバスといったらコンバースのオールスター一択なんですよ。で、そこでムーンスターの赤いキャンバスを買ったんですけど、赤とソールの青の組み合わせがすごくカッコ良かったんですよね。それは何が違うかといったら、まず若干の違いがすごく心地いいわけです。「どうだ!」っていうハイテクのスニーカーとかじゃなくて、普段履きの靴にちょっと粋なところがあるんだなっていうのがそこで分かったんです。それがすごく斬新で。見えないところにこだわっているのがくすぐられるし、デザインの知られざるところがあったり、製法のこととかはよく知らなかったんですけど、自分の武器をさりげなくカッコ良く出してるところに心地良さを感じて。もちろん考え抜かれたデザインだと思うんですけど、ぼくから見ると、どんなスタイルの人でも合わせられるような気張ってない感じが粋だったんです。

「キメキメじゃないところが自分のビール観にも通じる」

ムーンスターのお仕事とか、イベントに出展されてるのを見ると、いろんなこととつながってるじゃないですか。キメキメの靴じゃなくて、どのライフスタイルにでも対応できるような靴をつくっているからこそいろんなところで受け入れられているんだろうなと。それはビールとまったく同じで、ぼくはFar Yeastと “WESTBOUND”というビールをコラボでつくっています。コラボビールというと変わった個性的なビールをつくりたがることが多いんですね、たとえば、アルコール度数がめちゃくちゃ高いとか、地元の農産物をふんだんに使ってるとか。それはそれでクラフトビールの側面であるのだけれども、ぼくはビールらしさをちゃんと出しつつ、誰にでも愛される、そして、ちょっとだけこだわりがあるビールをつくりたかった。それは自分の好きなホップを使っているのがこだわりであるとかなんだけど、実は飲む人にとっては何のホップを使ってるとかあまり関係ないわけです。ぼくは飲んだ人が「このビールうまいじゃん!」って言ってくれるのを目指したくて、あえて、日本でみんなが飲んでいるラガービールのスタイルで、ホップを効かせてつくってみたりしています。そんな考え方が似ているから、ムーンスターに心地良さを感じるのかもしれません。

「ビールも靴も旅ができる」

最近よく思うのは「ぼくはビールを売っているわけじゃなくて、ビールのある良質な生活を売っているんだな」ってことです。誰とどんな場所で飲んでいるかが95%、残りの5%がビールというものの価値。だから、ぼくのお店はただの飲み屋じゃないし、扱っているビールはいろんな所に持っていけるので、そこで新たな出会いがあるわけですよ。それは靴も同じで、いろんな所に履いていけるじゃないですか。ビールも靴も旅ができるんだなと。様々なバックグラウンドのある人たちが、いろんな場所で心地良い生活をしていくために、ぼくはビールを売っているし、ムーンスターは靴を売っているのかなと思います。

「嘘をつかず、本物をしっかりやっていきたい」

ムーンスターも長年の伝統のうえに今があるわけですよね。最近の会社が最新の技術ですぐにできることもあるかもしれないけど、それだと薄っぺらいですよね。やっぱり積み重ねには負けますよ。だからぼくも50代になってこれからの人生も短いから(笑)、本当は一気に飛びたいのだけど、やっぱり近道はないですね。でも、嘘をつかず本物をしっかりやっていけばつながるんじゃないですかね。ムーンスターの社員の人も、靴を愛してますよね。変な押し付けもなく、みんなカッコ良く履いているスタイルも、この会社は正直な会社なんだろうなって。靴がまずありきなんですけど、そこで働いている人が気持ちいい。良いものを良い人がつくっている良い会社なんだろうなと。ものを超えて、こうやってムーンスターとぼくがつながるって不思議ですね。

「偏見をなくすこと、ニュートラルにいくこと」

先日、3人の若い子がコンビニで売っているサワーと発泡酒を飲みながらここにやって来たんですよ。持ち込みはダメなのでそこでお断りもできたんですけど、ちょっと面白そうだから入ってもらって。そしたらその子たちがクラフトビール飲んで感動してるんですよね。「うまいうまい」って2、3本飲んでくれて。常連のお客さんたちとも仲良くしたりして。持ち帰り用まで買ってくれたり。そのとき、やっぱり決め付けちゃいけないなと思いましたよね。若い子にこういうビールもあるんだよって知ってもらって、飲んでもらって、そこでちょっとした関係ができてっていう、そんなことのためにビール屋をやってるんだろうなって思いました。最初から決め付けちゃったらもったいないですよね、人生も。

【Craft】には「手作業でつくること」や「〔美術や工芸の〕技術、技能」という意味があります。でも単語の意味から受け取る印象とは裏腹に、クラフトビールは手仕事の繊細さや技術力を誇ったり、押し付けたりしません。むしろ、どんなライフスタイルも寛容に受け入れる懐の深さがある。セイゴさんのお話を伺う中で、ムーンスターが目指していることと重なる部分が多く見つかり、クラフトビールとムーンスターという単語を入れ替えても違和感なく聞けるのではないかと感じられる程でした。こだわりを持つことと、広い入り口を持つことは、一見相容れないようにも感じられますが、こだわりを持ったうえで、そのこだわりに興味を持ってくれた人のための入り口はオープンにしておくことで、そこで出会う人々がお互いの個性を認め合いながらも、ある価値観でつながる心地良い関係性を生む。ムーンスターの理想は、そういうコミュニティづくりを、靴づくりを通してやっていくことなのかもしれない。そんな読後感が残りました。