つながる
私とムーンスター

In the pastは定松さん夫妻のデザイン事務所THIS DESIGNが運営するスタジオ兼ギャラリーショップ。また、2011年から食にまつわる問題を掘り下げているリトル・プレス『PERMANENT』の実践の場でもあります。ムーンスターにとってお二人は、とても大切な存在。福岡・薬院の旗艦店ALSO MOONSTARのネーミングや、季刊誌『Magazine ALSO』のアートディレクション・編集、POP-UP展の開催など、様々な側面でムーンスターと関わりを持っていただいています。大牟田駅から歩いて10分ほどのアーケード街の入り口にあるIn the pastは、もともと千歌さんのご実家が営んでいた生活雑貨店があった場所。外観も内装もモダンでありながら、どこかしっかりと地域に根ざした佇まいを感じる空間で、お二人の活動のルーツから現在ムーンスターと一緒に取り組んでいることまで、予定していた取材時間を大幅にオーバーしながらたっぷりとお話を伺いました。

「2011年に東日本大震災が起きて」(千歌さん)

THIS DESIGNは、2001年にグラフィックデザイナーだった定松(伸治さん)と新聞社を辞めてプラプラしていた私(千歌さん)が二人でつくった会社です。その当時は広告代理店をメインに仕事をするデザイン事務所だったんです。でもずっと疑問を感じながら仕事のスタイルを模索していた中で、東日本大震災が起きました。そのとき、自分たちの無力さを感じました。何かしてあげたいけど、現地に行ってボランティアをするっていうのは何か違うなと思って、何ができるかとまじめに考えたんです。そしたら、自分たちの知らなかったことを伝えるっていうのがやっぱり自分たちの仕事のいちばんの働きじゃないかと思ったんですよね。それで『PERMANENT』っていう食の本をつくったんですね。それをやり始めてからD&DEPARTMENTとかでワークショップしたり、そういう機会をもらうようになって、『PERMANENT』を通して何となく福岡にいなくてもいいな、田舎に越したいなぁみたいな欲求に駆られてきて。なかなか良い物件に出会わなかったんですが、そうこうしていたらこの大牟田に、私の実家があって、場所があるなっていうのに気付いて。思い描いていた畑仕事ができるような田舎ではなかったけど、アクセスもいいし、人が集って『PERMANENT』を介して何か教えるとか、D&DEPARTMENTでしていたようなことをもっと個人的に少人数でもやりたいなと。結局場所を借りると20人入れなきゃいけないとか気を遣うのだけど、ここだったら5人でいいと思ったら5人でもやれるっていうので。うちのベースはTHIS DESIGNなんですけど、ワークショップをやったり、THIS DESIGNで出会ったクライアントのものをここで展示即売させてもらったりしています。

「選択の自由が奪われている」(伸治さん)

3.11.といったら地震もそうですけど、原発の問題があると思うんです。日本にこんなに原発があるって正直知らなかったんですよね。ほぼないものだと思ってたんですけど、想像を超える数が日本にできていると分かって、要は自分が知らないところでそういう状況が起きているというのは、原発に限らず食べ物にもあるよねって行き当たったというか。いちばん見えづらい部分っていうのが食だったんですよね。工業生産的な食システムが主流になって、選択の自由っていうのが奪われているような状況で、たとえば鶏肉でいえばすごく大規模にケージに入れられて採卵したりだとか、鶏が使い捨てみたいな感じで、病気にならないように薬を与えられたりだとか、卵ができるまでの過程もまったくぼくたちは知らなかったりだとかで、そこだけは何とか選択できるように知りたいと思ったし、阻止したいなと思ったんです。ヒステリックに言うんじゃなくて、消費者の私たちがちょっとずつ意識が変わったら、きっと大きな企業だって売れなくなるわけだから別の方向を考えるのではと。企業が悪いんじゃなくて、知らずに買う人がいるからですよね。何となくみんなの意識が肥やされていけば世の中変わっていくんじゃないかと。そのときに衣食住どこでも良かったんですけど、二人がいちばん長く、途中お休みしてでも続けられるのは絶対食だよねとなって。人間にとっていちばん外せない行為だから、生活の中で食べ物のことだったら歳をとっても続けられるよねっていうのが食だったんです。

「誰かのin the pastになる」(千歌さん)

最初はワークショップをメインにやろうとしていたので、経験を生む場所ということでin the pastっていう名前を付けたんです。経験を生むことが過去になって、それがまた未来につながっていくという。あと私の場合、昔大牟田がすごく栄えていた頃に子ども時代を過ごして、そのころ“ラリアート”っていう私世代が憧れたおしゃれなお店が大牟田にあったんですよ。お金はなかったけど子どもの頃によく行って、いろいろ見たりお店の人から話を聞いたりするのがとても良かったんですよね。自分たちはそこまでにはなれないけれど、ここに入ってきてくれた若い人たちが、買わなくても着てみるとか肌触りを感じてみるとか、私と話してみるとかで変わることもあるんじゃないかと。自分たちもそうしてもらったから、恩返しというと語弊があるんですけど、そういう場所でありたいなと。誰もが気軽に観ることができるアート展みたいな企画を毎年継続しているんですが、子どもたちがそれを一生懸命見たりしてるのを見ると、それはそれでやっぱりいいなと思いますし。自分たちがそういう場所をつくる、だれかのin the pastになるっていうことですよね。その子たちもまた10年後とかに何かをするかもしれませんしね。

「採用は無理だけど、友だちになろう」(伸治さん)

ちょうどTHIS DESIGNでスタッフ募集をしているときに応募してきた人が、ムーンスターの人だったんです。Mくんって言うんですけど。話を聞いたら「ムーンスターに勤めてます。会社を辞める気はありません。」って(笑)。ムーンスターは辞めないけれど週末とか夕方とか仕事が終わった後にグラフィックの勉強がしたいと。土日でいいって言うんですけど、土日は休ませてよみたいな。この人は何を言ってるんだろうと思ったんですけど、でもちょっと面白いから「友だちになろう」みたいな感じになって。その彼が、お友だちになって会うようになって、ムーンスターで“Shoes Like Pottery”っていう企画をやってるんですって言うので“焼き物のような靴”ってどういうこと?っていう話になってヴァルカナイズのことを聞いたら、とってもいいねと。まだ商品になっていない展示のための段階でそれを見に行って、4人チームで悶々とやってる話とかも聞いていたし、早く商品化できるといいねみたいな親心で見守っていました。“Shoes Like Pottery”の展示のときにヴァルカナイズのこととかちゃんと書いてあるのを見て、すごくていねいにつくってるんだなというのが初めて分かったという感じです。ものづくりのプロセスを伝えるものってなかったから、あの当時はけっこう新しかったんですよね。ちなみにMくん、今はもう会社を辞めて独立しているんですが。

「GYM CLASSICは履き心地が悪そう。と思っていました」(伸治さん)

ぼくの場合、靴を選ぶ際に重視するのは断然履き心地です。以前はニューバランスタイプの、もう見るからに履き心地が良さそうなやつしか履いてなかったです。GYM CLASSICとかって見るからに履き心地悪そうじゃないですか(笑)。ふわふわしてるやつがいいのにあれはペタペタしてるからずっと敬遠してたんですけど、最近BLACK MONOっていうやつを買ったんです。それを購入した理由としては色だったんですよね。これまではあまり興味なかったというかカッコイイなと思ってはいたけど、自分が履くとは思ってなかったんです。でも履いてみたら意外と履きやすいなぁと。で、これいいじゃないですかとなって、他のMADE IN KURUMEの靴も買うようになりました。

「ROAMYの方から寄ってくる感じ(笑)」(千歌さん)

私は靴を選ぶときはやっぱり見た目から入っちゃいますね。でもROAMYはもう、とにかく履いちゃいますね。もうROAMYから寄ってくる感じで、本当に「玄関で選ばないで済む楽な靴」って感じです。先日ここでムーンスターのPOP UP展をさせてもらったんですけど、履き出したらROAMYばっかり履いちゃうからいかんなと思ってほかのにするんですよね。でも結局夕方になるとやっぱり履き替えようかなって(笑)。ROAMYはあまり知られてないところがまたいいですね。たぶんこれからですよね。うちのお客さんも、いちばん前に置いても素通りするんですけど、絶対履いたらいいよって話して履いてもらうとほぼほぼみんな買っていきましたから。まず履いてもらって分かってもらう感じです。今回のROAMYの展示は、時代的なものとか環境的なものとかまったく知らずに幅広く老若男女が見に来てくれました。

「ムーンスターは、靴と会社と人がイコールなんですよ」(千歌さん)

ムーンスターには社風としての実直さみたいなものを感じるんですが、本当に靴と会社と人がイコールなんです。だからいいんですよね。なんかこう、人だけチャラチャラしてるとかアンバランスなのってけっこう多いと思うんですけど、そこが全部まじめというか。展示をさせてもらったときも社長や偉い方が必ず来てくださるんですよね。こんな大牟田の田舎の展示にわざわざ話を聞きに来られるなんて、やっぱり実直な会社だなと思うんです。工場を見ててもそれはすごく感じます。大きな会社と比べてとてもフラットというか、それは靴づくりにも言えて、『Magazine ALSO』で取材してものづくりの考え方を知ると、そこもイコールだなと。全体的に地味と思うけれど、そこも「らしい」というか。だから流行るのが嫌というか、流行ると廃れるという恐怖もあるので、じわじわとゆっくり右肩上がりになっていけばいいかなっていう気持ちです。定番としてGYM CLASSICをみんながじんわり2足3足持っているみたいなのが理想なんじゃないかなと。

「『Magazine ALSO』のコンセプトは“A Whole New World”。そこに尽きるんです」(伸治さん)

世界って結局頭の中のことで、その価値観をどんどん更新していくっていうことなんですよね。それは、やっぱりムーンスターっていうと靴の会社なので、自分の足で歩いて自主的に情報なり新しい世界を見付けましょうと。その靴を提供しているのがムーンスターなんですよっていう図式ですね。元々4、5年くらい前からムーンスターのそういう本ができればいいなと思っていたんです。そのときに考えていたことがあったものの結局それは実現しなかったんですけど、『Magazine ALSO』で実際にできることになって。あるコーナーでいろんな人の考え方を聞くことで新しい世界を発見したり、ヒントになるような文章を寄稿してもらおうと思ってタイトルを「歩きながら考える」にしました。「歩きながら考える」というのはそもそも本のタイトルであるんです。だけどぼくが最初に見たのは、ランドスケーププロダクツの岡本仁さんのインスタグラムで、熊本に行ったら必ずハッシュタグでそれが書いてあったんです。地震で熊本城が崩壊したときからそのハッシュタグが現れるようになって、ぼくも熊本に住んでいたこともあったので何となくそれが目に残っていたんですよね。で、何かあったら使いたいなと思ってたんです。それがムーンスターともリンクして、貯めていた小石のようなものが集合したみたいな感じだったんですね。

「ムーンスターとは、今やれていることの中でもっと、というのはあります」(伸治さん)

お店の名前とかそういうのから入れるってそうそうないタイミングだったと思うので、一緒にやれたらいいなと思っていたことはもう逆に今できているというか。『Maganine ALSO』をもっと充実させていくとか、もっと、というのはありますね。あと、in the pastでの展示を服とかとコラボして一緒に置けたらいいですね。商品に関しては、むしろファンとして楽しみに待っています。

千歌さんは「波長の合う人たちとお仕事ができるようになるためには、自分たちがどういう者なのかをはっきりさせる必要があった。」と仰っていました。一方、伸治さんは「正しいか正しくないかより、何がふさわしいかを意識しています。」と、仕事のスタンスを表現されます。自分たちの生き方や考え方はしっかりと持ちながらも、拙速に答えを出すのではなく、自分たちは一体何を伝えたいのかをじっくりと吟味する。『Magazine ALSO』は、そんなお二人の思考を通してムーンスターの思想を伝えている季刊誌です。ぜひ、たくさんの人に手に取っていただけたらと思います。「たくさんの人に」と書いてしまいましたが、お二人にはきっと「流行ると廃れるので、流行るのは嫌」と言われてしまうかもしれませんね……(笑)。