うなぎの寝床は、福岡県八女市にある“地域文化商社”。2012年の創業以来、福岡県を中心に九州や全国各地の文化を背景としたものの商いを行ってきた会社です。ムーンスターの靴は2013年からお取り扱いが始まり、今では全国的に見ても最も豊富な品揃えがご覧いただけるお店のひとつ。ムーンスターの本社と工場のある久留米市から車で約30分。八女市役所近くにある、うなぎの寝床旧寺崎邸で、創業者の一人でもあるバイヤーの春口丞悟さんに、地域文化のこと、商いのこと、つくり手と売り手の関係についてなど、たっぷりとお話を伺いました。
「アンテナショップを産地の中につくろう」
大学では建築を勉強していて、デザインに関わる仕事をしたいと考えていたんですが、卒業後に福岡県の職員の方と知り合ったことがきっかけで、厚生労働省の雇用創造事業に3年くらい関わっていました。具体的には、福岡県南のブランディングなどのお手伝いで地域の商品を都市部に流通させるための販路開拓をしていました。その経験の中で、逆に都市部からこちらに人を迎えたときに地域のものをまとめて見られる場所がないということに気付き、任期が終わったタイミングで共同創業者の白水と一緒にアンテナショップを産地の中につくろうという話になったのが、うなぎの寝床の始まりでした。もともとは福岡県南のものを中心に九州のものを扱っていたんですが、土地のことや生産背景のことなどをより深く理解して伝えていくためには、比較対象があったほうが良いということが分かって、今は九州以外の地域のものも扱っています。
「知らなかったことに出会えたときが、面白い」
この地域でずっとやってきているのに、いまだに知らなかったことが出てきます。昨日も佐賀の靴下屋さんとお話していたら意外な発見がありました。その会社自体は元々靴下の一大産地である奈良でものづくりをしていて、60年くらい前に佐賀にも工場を設立。現在は佐賀工場だけが製造拠点になっていて、スポーツ用などの圧着型の靴下を得意としている会社なんですが、いろんなことを伺っている中で「実は九州でも熊本や鹿児島などはストッキングが強い」というぜんぜん知らなかった話が出てきて面白かったです。
「文化を知ってしまったからには......」
知らなかった文化につい面白いなと思っても、このままいくとその文化はなくなってしまうかもしれないと感じるときがあります。そんなとき、もし自分たちに関われる余地があるならば、やれることはやろうという気持ちになります。人に見えるようにして選んでもらうというか、受け皿を用意して、まずは土俵に乗せるというのが自分たちの役割。そして、経済を回していくにはどうしたらいいだろうと考えます。「いいよね」と言っているだけでは、何も貢献できないので。でも、残していかなければいけないかどうかは、自分たちでは決められません。その文化を継続させていくには、自分たちでは限界がある。続けたいかどうかは、あくまでもつくり手ご本人たちが決めるものだと思っています。だから、つくり手側がつくり続ける意志がありそうなものを仕入れるようにしています。つくり続けない理由があるなら、それも含めて取り扱いますし、毎年変わるよっていうものづくりの考え方に背景があるなら、それでも取り扱う。なるべく切り捨てないほうが、うなぎの寝床ではいいものが見てもらえると思っています。
「できる限り残す」
いろんな理由でどうしてもなくなってしまう文化があります。なくなってしまうものは、なるべくものそのものを残したり、聞き取りをして書き残したり、動画に撮ってアーカイブにしたりしています。何年後かにそれをつくりたいという人が出てきたら、手がかりくらいはあるようにしたいですし、「残す」という意味で外部から関われる方法としてはそれくらいしかないかなと思っています。なくなってしまうことが事前に分かれば準備もできますが、たとえばつくり手の方が急に病気で亡くなってしまうこともあります。そうなると残せないので、会社としても今のうちにもっとしっかりとした体制を組んで、できる限りのことをしていきたいと思っています。
「ものを選ぶときに、自分なりの判断ができる人が増えたらい いなと思います」
うなぎの寝床では、扱うものをある程度は絞っているんですが、絞りすぎないようにも心がけています。売り手側で絞って「これがいいですよ」って、ただいいものを売るお店にはなりたくない。選んでもらうために、どういう場を用意したらいいか、というか、どういう情報を収集して提供すればいいかというのを考えて、売り場に並べて見てもらうことで、「これだったら自分の生活に合う」という目を持つ人がちょっとでも増えたらいいなと思います。ここにあるものだけじゃなくて、普段ものを選ぶときにも、知らない土地に行ったときにも、そういう目というか視点が持てたらいいんじゃないかと思います。
「ムーンスターまで、車で5分」
つくり手と売り手がいい関係を保つためには、なるべく顔を出すのが大事だと思っています。まだまだできていないところもありますが......。そういう意味で、地域文化を扱うアンテナショップがつくり手から遠くにあると、なかなか会いに行けないですが、産地にあればすぐに行けます。ムーンスターに行くときも、家から車で5分くらいなので、通勤途中とかに行けちゃいます(笑)。それくらいの距離感だからこその関係の密さみたいなのはありますね。
「ムーンスターは、靴屋さんというより、ゴム屋さん」
ムーンスターは、自分の中では靴屋さんという感じではなく、ゴムを研究されている会社だと捉えています。ゴムをベースに、靴全体を考えているイメージです。他の地域で靴づくりが盛んなところだと、街全体で分業でつくっているような感覚がありますが、そういうところとはちょっと違って1社ですべてをやっているからこそのノウハウがある。そういうところがムーンスターの価値であることも、お客さんに伝えられたらと思っています。
「履いたら違いますよ」
自分にとっていいものとは、無理をしないもの、普段使うのに向いている道具としてちょうどいいものだと思っています。ムーンスターでいうと、ヴァルカナイズ製法でつくられている靴は種類も多いので、パッと見て「自分はこれがいい」という選び方ができるのですが、インジェクション製法のRALYとかだと、見た目ではなかなか引っかからないお客さんが多いです。手に取ってみるところまではいっても、持ってみて「重い」って言って諦める方もいます。そんなときは「履いたら違いますよ」って声をかけるようにしています。実際に履いてもらうと、手で持ったときの感覚とはぜんぜん違って、足と靴との一体感があるので、軽く感じるんですね。靴に限らずお皿などでも「重いものはダメ」っていう思考があるんですが、実際に使うことを想定してものを選んでもらう導線をなるべくつくるようにしています。
「ものを介した対話」
自分たちは、ものがそこにあることで、ものを介して対話できると思っています。その土地らしいものを通して、その土地の技術や土地の背景となる地理的な要素などに興味を持ってもらえる。さらに深堀りしたいと思ってくれれば、さらにこちらも話せる。ムーンスターであればゴムの話から地下足袋、もっと遡っていったら座敷足袋の話にもつながっていきます。でも、文化に寄っていくと博物館みたいなことになってしまって、生活というか日常から距離が出てしまうので、興味を持ってもらうためには、売り買いをする場所があったほうがいいと思っています。最近、うなぎの寝床に置いてあるものに興味を持つ人の年齢が下がってきた気がします。ムーンスターの靴を狙って来る方も多いですし、マグカップなど自分で使うものが売れています。明確な理由は分かりませんが......(笑)。でも、ものを通して地域文化を顕在化させることで、結果的に対話につながる。そういう環境づくりができたらいいなと思います。
春口さん、そして、うなぎの寝床の考え方の根底にあるものは何なのか。それは「委ねること」なのかもしれないと感じました。委ねる相手は人もそうですが、過去・今・未来という時間も含む。地域のものや文化をなるべく無作為に顕在化させ、対話を通して人々に選んでもらい、経済を回していく。つくり手、売り手、買い手、そして過去から未来へと流れている時間。それぞれの意思を尊重しながらの商いの在り方が、うなぎの寝床にはあるのだとあらためて知ることができました。ちなみに春口さんの現在の趣味は、水汲み。近くの温泉に行くついでの楽しみだそうです。自分が住んでいる土地で、楽しめることを無理なく楽しむ。そんな当たり前の日常を送られている春口さんが素敵でした。