辰巳さんとのご縁は、ブランドメッセージのビジュアルを一緒につくっていただいたことから。2020年10月から11月にかけては、東京・銀座にある旗艦店MOONSTAR Factory Ginzaでコラボイベント「くつと旅する」を開催し、たくさんの方にご来場いただきました。現在の活動を始めるまでに、たくさんのものづくりに携わってきた辰巳さん。太陽の光とご主人、愛犬のあたたかさで溢れるご自宅にお邪魔して、ものづくりに対する姿勢や価値観、そして人生観についてもお伺いしながら、ムーンスターとの重なりを探りました。
「建築、服、絵本」
ものづくりに興味を持ったのは、父親の影響があるかもしれません。父は地元・福島の高校を出て、東京のアパレル関係の会社に就職して、20代前半に福島に戻ってセレクトショップを始めて、今でもお店をやっています。実家は、父が自分でデザインして建てた家でしたし、純日本の親父というよりは、ちょっと変わっていたんだと思います。そんな環境で育ったので、明確な理由は思い出せないんですが、小さい頃から自分は建築家になるんだ、と思っていました。それで大学は建築デザインに進みましたが、卒業後は服づくりを学んだり、フリーでウェブ制作に携わったりしていました。そんな中で、絵本をつくりたいと思って絵の学校に通ったのが今の活動につながっています。元々絵を描くのは好きだったけど、仕事になるとは思っていませんでした。
「自分のために、人のために、ものをつくる」
建築だったり、服だったりは、人のためにつくるもの。でも、自分が素直にやりたいことは?と問われれば「自分の好きなものをつくること」でした。そう気付いたから、絵本をつくりたいって思ったのかもしれません。私にとってものづくりは「人のため」と、アーティストとして「自分のため」という二通りあります。人のためにものをつくるときは、相手のことをどれだけ本当の意味で考えられるかがいいものづくりにつながる。だからイラストレーションは、お客さんが喜んでくれるものをつくりたいと思っています。一方で自分のためにつくるものって、どれだけ魂を込めてつくれるか、どれだけ自分が感動できるかが大事になります。イラストレーションの仕事では、自分だったら描かないだろうなっていうものも描くんですが、そうすると、自分の作品にもいい影響を与えてもらったりすることがあります。同じものばっかり描くんじゃなくて、これを仕事で描けるようになったから、自分の作品にも取り入れてみようといったように、「人のため」と「自分のため」は、お互い高め合うことができると考えています。ポジティブですか?たぶん性格なんです(笑)。
「受け取る人が、自分なりの物語をつくれる表現」
受け取る人が自分なりの物語の中で、絵の中を通り抜けていくような表現を目指したいなと思っています。たとえば、ここに恋人同士がいて愛し合っているんですっていう絵を描くというよりも、愛し合っているかどうかは分からないし、喧嘩した後かもしれない、その辺は分からないけど、自分が生きている状況によっても捉え方が違う表現。受け取る人の状況や場面で、いろんな捉え方ができるほうが豊かな感じがします。
「人の暮らしの中に入り込んでいるものは、いいもの」
ものは暮らしの中に入り込んでいく力がないと、取り入れてもらえないと思います。自分の絵でいうと、もちろん美術館とかに所蔵されたらハッピーですが、たとえば孤独に生きている人の家に飾ってあって、それを見て生きていく中で、その人の価値を肯定できたらいいなと思っています。社会貢献みたいなことができるとは思っていないんですが、ある映画俳優さんが「映画って社会を変えることはできないかもしれないけど、人の人生を変えることはできる」と言っていて、いい考え方だなと思いました。ひとつ絵を描いたからといって社会を変えることはできないけど、人の人生を支えることはできるかもしれないと思うんです。
「ムーンスターの人は、ギスギスしてない」
ムーンスターさんとの関係は、ブランドメッセージのビジュアルの制作でお仕事をしたのがきっかけなんですが、商売っ気がないというか、ビジネスライクじゃないっていうか、お金儲けを考えているというより、自分たちが本当につくりたいものをつくっている感じがします。みんな仲が良くて、ギスギスしてなくて、本当にやさしい人が多いので、こっちも緊張しないで接することができるし、ムーンスターの人と接する中で、靴への親しみやすさも感じるようになっています。
「ルンとする靴」
持っているムーンスターの中でいちばん好きなのは?と言われたら、赤のGYM CLASSICです。赤かわいい。どの色にしようか悩んだんですが、赤にして良かったです。形もかわいいので、ルンとします(笑)。私の絵は明るい色使いの印象があるってよく言われるんですが、自分でも分からないですけど、赤が好きなんですかね?
「くつと旅する」
Google Street View Journeyを始めたのも、元々旅が好きだったからというのもあるんですが、コロナで旅をすることが簡単ではなくなってしまいました。ムーンスターさんと「くつと旅する」という個展もやらせてもらいましたが、この状況が落ち着いたら、コロナの自粛期間中に散々Google Street Viewで見に行っているカルフォルニアにGYM CLASSICを履いて行きたいですね。
「いつ死んでも、わりと幸せ」
いつのタイミングでスパッと切られても、「ああ、幸せだったな」と思えるように生きています。だから、自分がやりたいと思ったことはすぐやる。実際、自分が明日死なないとも限らないので、食べたいものを食べたいときに食べる(笑)。この間、誰かが「アーティストは自分の人生を長引かせることができる。死んだ後の世界でも作品が残っていくことは、人生を延長できることとイコールなんだ」と言っていて、そういう考え方もいいのかもしれないと思いました。今やりたいことは、より大きな絵にチャレンジすること。2021年の目標はアトリエを構えることです。大きいと描いていて気持ちがいい。もっと大きい絵だともっと気持ちいいんだろうなと。バーッバーッと描ける感じ。ここだといろんなところが汚れちゃうんです(笑)。
辰巳さんにとって、ものをつくることは「自分に素直になること」なのかもしれない。お話を伺って、そう感じました。ものづくりにはたくさんの分野や、考え方や、やり方があります。お金を出して買っていただくためには、いろんな課題をクリアしなければいけません。でも、大切なのは、自分が本当につくりたいものは何なのかを考えることだと、辰巳さんは仰っているように思います。「受け取る人が、自分なりの物語をつくれる表現」は、ムーンスターの「使われてこそ価値のあるものづくり」と重なります。私たちの靴のどこに価値を感じるかは、使う人によって様々ですが、そこに「つくり手の素直さ」があるかどうかは、いい靴に共通する要素なのかもしれない。いいものづくりとは一体何なのか。探求は尽きません。